「その言葉を/暴力の舟/三つ目の鯰」

おくいずみさんはどうしていつもこんなにぐっとくる文章を書くのでしょうか。かつてのクラスのヒーローがゴミになって目の前に現れた!のおはなしでした。ジャズかぶれのひとびとがたくさん出てきてジャズにかぶれてジャズを去って行きました。時代を描くのが上手すぎると思います。あと、タイトルがかっこいいです。(「その言葉を」)
ひとを苛立たせる才能がピカイチの先輩との思い出を軸に、だいたいのことを雰囲気でこなし上手の友人たちとの出口のない議論、うつぼ舟もメンヘラもこわい、のおはなしでした。ラストにあのような先輩と主人公のやり取りを持ってくるなんてすごすぎる、と失禁しました。いや、実際には失禁してませんけど、それぐらい「ヒャー!」となる幕切れでした。(「暴力の舟」)
何事にも動じないおとうさんが三つ目の鯰にびっくりしたよ、ぼくはおとうさんのことを何も知らないし、みんな事情があるよね、のおはなしでした。田舎あるあるが大変リアルで、わたくしのような田舎者はもちろん、都会者にもそのリアルを感じることができますでしょう。それぞれの「事情」が明らかになる度、かなしみとやさしみが一緒に来ました。(「三つ目の鯰」)
どの作品も後半に「あれが伏線だったのか…!」がしかけてあって、それが実にスマートなやり方で気付きをくださるもんで、まったくまいります。学生運動や、時代遅れの活動にやぶれるなどして、時流にぐるぐる巻きにされてにんげんとしてしんだ人や、そのながれから身をかわしてなんとなくにんげんを保った人のような話がすきなので、たいへん面白かったです。読んだことないひとがいらしたら読んだらいいとおもいますが、講談社文芸文庫は文庫なのに高いよ!というひとはどっかで借りてください。でも買った方が出版業界が潤って、こういういい作品がたくさん出版できるかもしれない、ということも言えなくもないです。以上です。