「原発と権力」

原発と権力: 戦後から辿る支配者の系譜 (ちくま新書)

原発と権力: 戦後から辿る支配者の系譜 (ちくま新書)

この手の書籍を読むと、とてもこころが疲れます。生きることに意味があるのだろうかと思ったりもします(生きます)。なぜなら、人間は学習能力を自分の都合のいいようにしか利用しないということ、己がいかに非力な存在であるかを再確認することとなり、みずからにぜつぼうするからです。わたくしのようなこころがしんでいる人間ですら疲れを感じますから、ハートがセンシティブな人々は発狂するのではないかと心配です。日本が軍事国家への道を歩もうとしていますが、などと発言すると「いつの時代の感覚なのか。」とバカにされるかもしれませんが、わたくしはおおいに有りうると思っています。自民党が勝利した時点で憲法が変わるのは確定しました。どっかの知識人とかいわれる人々が、自民党が今回の選挙で勝利したからといってすぐに変わるものではない、とのんきな事を言っていましたが、仰天しました。知識を装備しすぎて前がみえなくなったのだとおもいました。なぜこ難しい事を言って煙にまくのでしょうか。なぜのんきなことを言っておられるのでしょうか。義務教育を受けたひとならだれでも不安になると思うのですがそうでもないんでしょうか。日本が「いつの時代」にとてもよく似た経緯を辿ろうとしています。流行が繰り返すのは結構なことですが、こういう歴史が繰り返すのはごめんです。わたくしが学んだのは、ちょっと賢いらしき人々が一般市民を誤魔化しながらちょっとずつ法律を変え、追加し、気付いた時にはすすめ一億火の玉だ、となっている、という残念な歴史です。歴史だけ習わなかったのでしょうか。そしてニュースなど見たことがないのでしょうか。武装武装で対抗して戦争が終わった国がありましょうか。そもそも武装することに「安全」がありましょうか。ドンパチが終わっても、保障問題や、ひとのこころの問題すべて丸く収まった国がありましたでしょうか。どんな形であれ、お戦争に「参加」したことによってもう終わりがなくなるということです。始めた人間たちがしんでも子子孫孫に受け継がれてゆくということです。会社あるあるの、「担当者が退職いたしました為、その件に関して詳しい者がありませんので〜、ハイ〜。」と同じ現象が発生して、もっとややこしいことになるのです。未来の人々が、このわたくしたちの時代を振り返った時、わたくしたちは愚鈍な人間であったと認識さるる時が必ず来ましょう。原発も同じです。わたくしが幼き頃、母は原発反対派の立候補者支援に奮闘していました。そして勝利しました。しかしその頃、日本の中枢では次々と原発作りが進んでおり、おっさんのイケイケドンドンで取り返しのつかないことになってしまっていました。一度稼働させればもうどうすることもできないのです。人間ほど愚かしい生き物はないとおもいます。「お前はきれいごとしかいわない。」と言われてもいいと思っています。きれいごとと思っていないからです。むしろ泥臭い、ダサイ選択だと思います。しかしあえてその茨の道を選んで、すがすがしく生きたい。にんげんだから。わたしは9条は守るべきであるし、原発は反対の人でありつづけます。これまでも、これからも。この書籍を読んで、ぜつぼうしかありませんでした。本当にこういう本は嫌いです。しかし、何かの答えをしりたくてわたくしは読んでしまうのだと思います。最近は写経ぱみゅぱみゅばかりで何も書くことがないのでこんなだるい文章を書いてしまいました。読んでくれる人があったらごめんなさいです。