通勤電車。

東京の朝は戦争。まるで出兵する一兵卒のように、集団疎開する幼子のように、その電車にはにんげんがぎゅうぎゅうに詰め込まれています。人々は暗黙の了解のルールに則って、にんげん詰め込み電車を利用しています。しかし、中にはそのルールを無視、または理解できない人々もおり、そのためにこころがスンッとなることがあります。
電車がホームに到着しました。奥にいた人が「すみませーん、降りますー。」といいながら移動してきました。わたくしや、その周辺の人々はいったん降りようとしました。なぜなら降りたい人が降りられないからです。それは誰に言われなくともわかることだと思いますが、なぜかわたくしの前の、ドアに接近した立ち位置を頑として譲らない恰幅のいいご婦人が行く手を阻んできました。グローブのような手に握られたスマートフォンで丸い物を消すゲームを一心不乱にやっていました。「ホラーだ。」てなりました。この人は常識的に状況を判断することができない、と感じたからです。どんなに降りますと言っても、この恰幅のいいご婦…デブ女は降りる気配がありません。車内が殺気立ってきました。降りたい人はあせって凄まじい力で押してきます。降りてあげたいのですが、出口がありません。わたくしの横の女性もなぜかその人の前にいるダウンコートのご婦…ブスが大きな荷物を持ったまま、ドア横のデッドスペースを頑なに動かず、この二人の門番によってわたくしたちの前路は完全に閉ざされました。しかし降りたい人は「降りま〜す。」と宣言した人だけではなく、何人もいます。ついにわたくしは、降りたい人の波と降りない人の堰に挟まれながら、とんでもない圧力で外へ投げ出されました。それはあたかも黒部の放水のように!その時のわたくしは心身ともに無表情でした。今度は乗りたい人たちに押し込まれ、なんとか足場を確保しドアの閉まる音を空しく聞きました。その時でした。たいへん穏やかな口調で「降りるお客様の為に、一度お降りいただきますようお願い致します。大変危険ですので、ドア付近でがんばらないでください。」とアナウンスされました。「そうか、がんばらないでください、か。」デブとブスの門番は誰のものでもないスペースを守って押しつぶされながらがんばっていました。わたくしはうつむいて心の中でしずかに笑いました。