モモ。

odo-mikikov2012-04-12

わたくしがまだ幼稚園児だった頃です。伯母の義理の母で、90過ぎまで元気だった長寿のおハナおばやんというおばあちゃんがいました。腰はぐんにゃり曲がり、総入れ歯の見るからに老人な人でしたが、はっきり言いたい事を言うおもしろばあちゃんでした。おハナおばやんがいよいよ寝たきりになり、いつみまかられてもおかしくない状況になった時、伯父や伯母たちと一緒にわたくしの母も見舞いに行きました。母がおばやんの耳元で、「婆ちゃん、なんか欲しいもんはないね?なんでも言いないよ。」と話しかけると、「モモが食いてえが。」と言ったそうです。ちょうどその頃は桃の時季ではなく、伯父や伯母たちと「今頃桃やら売っちょるとこあるやろか?」と田舎からよいとこせと町へ出て、方々の八百屋やスーパーを探し回り、やっと贈答用の桃を見つけ買って帰りました。母はおばやんの枕元に行き、「婆ちゃん、桃買うてきたが、食べるね?皮むいちゃろか?」と言いました。するとおばやんは、「誰も桃やら食いてこたねぇ。」と言ったのです。そこにいる全員が「え。」となりました。母が「え!?桃が食いてぇて言わんかったかね?」と言うと、「おりゃ、そんげな桃やら頼んじょらん。鶏んモモ食いてぇちゆうた。」と死の床にある、歯も抜けて肉もよう噛み切らんような婆さんが答えたのでした。貪欲。食うことにえらい貪欲な婆さん。当然その場は、今まさにみまからんとする老人を囲み、爆笑の渦が巻き起こったと伝え聞きます。わたくしもそんなふうに最後の最後まで皆に笑ってもらって息絶えたい、そう思いました。